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神に与えられた高い山

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昨日成長痛の話を書いたとたんに。

こけてすりむいてかすり傷。

何その引き寄せ。

痛い。

痛い。

痛いよー。

って、子供か!!!

やっぱり成長に痛みは避けて通れないのだわね。

再確認。

痛みなくして成長なし。

でも、痛い痛いといつまでも転んだままではいけないから

痛くてもぐっとがまんして颯爽と立ち上がるのが大人ってやつですよ。

いや。

ついつい、痛い痛いといいながら、誰かにそーかそーかと慰めて欲しかったりもするんですけどね。

かまちょか!

いやでも仮にそーかそーかと言われたら、あまのじゃくなわたしは

うるさいほっといてくれよ、と、思いそうな気もしなくはない。かわいくないなぁ。。。

まぁでもいちばんよくないのは、いつまでもウジウジしていることだと思うので

きちんと反省して顧みて、そしてその痛みが無駄にならないように

きちんと自分の経験として受け止めて二度と同じ過ちを繰り返さない努力をすることが大事かなと。

失敗もせず、ずっと順風満帆に進んでいたら、知らず知らずのうちに、傲慢にもなるかもしれないしね。

いやなるよきっと。

そしてもしかすると、知らず知らずのうちに

少しいい気になっていたところも、

あったのかもしれません、

だから、

時々ハンマーで頭をガッツーンとしてもらった方が、いいような気がします。

ような気がする

というよりも、その方がいいです。

よかったです。

いい気と傲慢は最悪なので。

そう。

叱ってくれる人が傍にいるということは、おそらくはとてもありがたいことなのです。

理不尽なことは別ですよ。それは論外。

そうではなくて、きちんと叱って指導してくれる人のことです。

そういう人がいるということは、おそらくは人生の宝なのではないかなと。

いやこれはもしかすると、自慢してもいいレベルなのでは?

正直、

他人をそこまで本気で叱ってくれる人っておそらくは数少ない。

だから、わたしの人生において、そういう人と出会えたことはかけがえのないことで、

それはとてもとてもありがたいことなのです。

時々血だらけになるけどね。

血だらけになるということは

まだまだ成長段階にある、ということ。でもある。のびしろたっぷり。

まぁ人生死ぬまで勉強ですけど。

そして神はいつだって高い山を与えてくださるのですよ。

もうこんな山私には無理です・・・と、何度も思って、

それでもなんとか自分なりに乗り越えてきたけれど、

やはり今回もまた高い山がそびえたっています。

よし。

もう。

開き直って。

血だらけ血まみれになってその高い山に挑んでやろうじゃありませんか。

時々崖からくずれ落ちながら。

そう。

開き直りも時には大事。

 

それにしても、自分と向き合うことって、

そんなにたやすいことじゃないですわよね。

成長にも痛みが伴うけど

自分と向き合うことにも、同じくらい痛みが伴います。

当たり前かぁ。

 

明日は今日よりも一歩前進していますように!

 

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