blog

素直さについて

スポンサーリンク

日々の暮らしの中で、あれやこれやとうざいくらい考えてしまう方なので

どうしても内面的なことや精神論的なことを書いてしまうのだけど

まぁそれもまたありかなと思うので

思うことや感じたことなどなどを、つらつらと書きます。

お役に立たない記事ですいません。先に謝る。


自分の至らなさとか不甲斐なさなどなど、

痛いほど自覚しているつもりでいたけど

でも実は、口先だけで心底自覚はしていないのかもしれない、

と、思うことがあって、だとするなら、口で(もしくは文字で)「自覚してます」

なーんていうのは、ものすごく痛いことだなと、思ったんです。

しかも、現実がそれに伴っていなかったらなおのこと。

至らなさもさることながら、謙虚さとかもそう。

普段、謙虚でありたいな、と、思ってはいるけれど、

実際の行動が伴っていなければ、正直思っていないのと一緒。

ではなかろうかと。

はて。

ではそれをどうやってはかったらいいのか。

(そもそもはかる必要性があるのかないのかって話はここではさておき)

他人ではなく自分で。

さっきお風呂に入りながら思ったことは

それはやはり

「ごめんなさい」なのではないかなぁ。と。

いくつになっても、自分の非を素直に認めて

「ごめんなさい」と言う勇気。

まぁかといって、悪いと思っていないのに、その場をおさめるために

「ごめんなさい」と言っとけばいいや、みたいなのは、

相手にも自分にもよくないので、それはまた別の話ですけど、

なんていうのかなぁ。

至らなさ、不甲斐なさ、出来なさ、などなどを素直に認めて

そして「ごめんね」「ごめんなさい」と言える勇気。

それは、年下だろうが子供だろうが関係なく。

そしてそのうえで、自分を超えていく努力を惜しまず。

というところでしょうか。

そしてまた

自分の至らなさ、不甲斐なさを感じられるということは

それはものすごく痛みを伴うことだけど、

それはそれでありがたいことなのかなぁ、と、今書きながら思いました。

直視することは怖いし、逃げたいし、

でも、目の前にある出来てない現実。

逃げ出したいけど受け入れるしかなくて

かといって、いい歳して、いつまでもクヨクヨもできない。

かといって、いい歳して、あまりにもあっけらかんとするのも違う。

若い時なら

まぁ若いしねぇ、と周りに苦笑いで許してもらえるかもしれないし、

若さや可愛さ、愛嬌でカバーできる部分もあるかもしれないけど

こちとら40代中盤、なんなら後半に足を突っ込んでいるわけで。

はてさて。

そういう時に、どういうメンタリティーで、そしてその後どういう対応をしていけばいいのか、

どんな感じが年相応なんだろうかと、そんなことまで考える日々。

いやもしかすると、40代中盤、なんなら後半の方々は、もうみなさん立派な大人で

そんなことと直面などしていないのかもしれないんですけど・・・。

まぁとはいえ、いつまでもクヨクヨもしていられないので

悔い改めて、そして、なるべく前向きに、肯定的にとらえて、成長していきたいなと。

ここであえて「肯定的」と書いたんですけど、

なんだかさ、いい歳こいて「ポジティブ」って、なんか痛くない?

わたし個人的には痛いと思うんですよ。

あと、明るく元気ハツラツ、みたいなのも、なんだかちょっと・・・どうなのよ。

40代中盤、なんなら後半にさしかかる女性が

なんだかやたらにポジティブシンキングってのは

なんか、痛いですってば。個人的には、ね。

そういうのは、なーんか違うんだよなぁ。

 

そういう痛みみたいなものと上手に付き合って

いきたいなぁ、と、思う今日この頃です。

間違っても、自分のことを棚に上げて

愚痴や文句をいいまくるなんてことは、したくないですわよ。

おそらく口角もさがるし、それこそ、年とともに

それはてきめんに現れます多分。

うわぁそれいやだー。

10年後の理想の自分をおもい描きつつ

あれやこれやと模索していく次第でございます。

スポンサーリンク

-blog

Copyright© oriestyle , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.