blog 気づき

そこに価値はあるのか。抱えていた違和感と相手の存在を尊重するということ

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掃除をしていると
不思議と直感的にいろんなことが降りてくるから不思議。
気づきというか。
なんでかな。なんでだろう。
無心になるから?
でもそれは、すぐに通り過ぎていくから、
忘れないようにメモしたり、心に留め置いたりしています。
てことで。
先日気が付いたことを、今日もまた自分の言葉でアウトプットしてみたいとおもいます。

ずっと抱えてた違和感のわけが、ふと分かる瞬間がありました。

あ。
そうか。
だからかー。
て。

自分の中で湧いてきた疑問は、勝手にいろいろ想像したりするよりか
相手に直接「なぜですか?」と聞いてみることが、たぶん一番早いし
それが一番確実なのだけど、
しかもそういう勝手な想像って、だいたいがネガティブにしかならないから、
一人で考えてると、どんどんどんどん悪い方に考えちゃうからなおのこと、
さっさと確認した方がいい。

けどでも、
全てのことに対して
「なぜですか?」と聞きにくいことってやっぱりあって。
まぁあまり深く考えない人は、どんどん聞いちゃうこともあるかなと思うんだけど
こう見えても割かし繊細なところを持ち合わせているので(自分で言う?!!!!!!!!!!)
それを聞くことでさらに自分が傷ついてしまうようなこと、
もしかすると何か事情がありそうなことに関しては、なかなか聞けなかったりします。
いや聞けない。

もちろん疑問に思ったことは、ただ単に聞いたり確認すればいいだけのことで
案外聞いてみたら、あら、なんだ、そうだったんだ、
というようなことは大いにあるとは思うのだけど
けどでも

こちらが疑問に思う前に、相手側から言ってきてくれないと、
こちら側から聞くに聞けないこと

て。あると思うんですよね。

で。
例えばそれを何も知らず聞いてみたとして、その答えが
「実はね、言いにくいんだけど・・・・」というような、
自分にとって何かガツーンとくるようなことだったとしたら

うすうす感じてたけどやっぱりそうだったんだ・・・
とか
え。うそ。何それ聞いてない!
とか
頭が真っ白になる
とか
あれなんか聞いちゃいけなかったのかな・・・
とか

なると思うんですよね。
しかも。
ある程度信頼していた人を相手に
目の前でそれが繰り広げられたとしたら
いやちょっとまって、どんな反応したらいいの・・・・
て。
ならない?
いやなる。

で、その後に湧いてくる感情としては

だったらなんでもっと早く言ってくれなかったのかな
という、不信感に、ならないかな。
いやなる。大いになる。

そんな話こっちから切り出して、目の前でそれを言われたら
聞いたこちらがみじめな気持ちにならないかな。
いや、なるよ。なるなる。

そして、その相手をある程度信頼してたのに、
それが一気に不信感に変わらないかな。
変わる。めちゃ変わる。

で。
そういうことがあったとして、そのあとも引き続き同じように
相手を信頼することができるかといえば・・・
多分できない。
多分どころか、
できません。

それは相手への信頼感を失ったこともそうだし
そんな大事なことをこちらが言わないと言ってくれなかったという不信感に加えて

「自分の存在を大切にされてなかった感」

これが一番大きいような気がします。
気がするというか。
わたしが抱いていた違和感はまさにこれで。

そうか。
それを感じられなかったから、怖くなって、違和感抱きまくったんだなって。

もちろんこれは、承認欲求的な感じで

わたしのこと大事にして!
とか。そういう幼稚くさいことではなくて

え。
そんな大事なことおざなりにしちゃうんだ・・・
というような。
しかも、
もっと最悪なのは

言おうと思ってた
とかなんとか。
あーだこーだと
後付けの言い訳をし始めたり。

いやいやいや、もういいからそんな言い訳聞きくないし、
だいたい後からなら何とでも言えるんですけど。
てゆうか、
そこで潔く認めてくれたらまだ挽回できるだろうに。
もう何それみっともない。

てゆうか

もう遅い

時すでに遅し

気持ちはすっかり離れました

てことです。

これはとても大事なことで
やっぱり
あなたの存在を大切に想っていますよ
という何かしらがないと、人はきっと離れてゆきます。

現実的に、大切にできないような状況になったとしても、
それが誰のせいでもなかったとしても、
それはやっぱり事前に伝えることが大事。

ほんとうはこうしてあげたいんだけど
申し訳ないけど、今はちょっと無理なんだ。

というようなことを、無理なら無理なりに伝えないといけない。
そうでないと、誠意は伝わらない。
そしてそうやって誠心誠意伝えてくれさえすれば、
例え現状が厳しかったとしても、
何とかしてそれにこたえようとするし、
最初はえ?と思っても
何も告げられなかったときよりも、
割とすんなり受け入れられるんじゃないかな。

一度失った信用は、そう簡単に取り戻せるものではないんだなぁ

というわけで

関わる人の存在を大切にするということと
誠心誠意人と関わることって、ものすごく大切なことだなぁ


改めて思いました。

もちろんそこは、損得抜きで。

だけど、
よく、与え続けましょう、みたいなことも言われますけど
損得抜きでそれをやっていても
相手に誠意が見られなかったら
それをやり続ける必要はないよねと
わたしは思います。
信用や信頼を失ってもなお、それをやり続けるだけの心の広さは
わたしは持ち合わせていないので

はいどうも今までありがとうございました(棒読)
でもわたしはごめんですけどもう無理なので
別の道に進ませていただきます(合掌)
という感じで

一度そんなことがあっても、まだそこに注ぎ続けても
多分そこから得るものはもうないので。
すっきりばっさり
気持ちを切り替えて次に行く方が賢明かなとおもいます。

相手に注ぎ続けるエネルギーにも
目には見えないけど価値があると思うから、
だから、
「注ぐ方にその価値があるかないか」
を見極めるのは大切なことかなと、
思っています。
価値がないとわかっていながら注ぎつづけることは
自分の価値もまた同じく下げていることになるような気もするから。
それもまた、自分で自分を大切にすることに、つながるような気がします。
ここでの価値は
お金とか肩書とか
そういうことではなくてね。
成長とか、向上とか、そういう部分でのことです。

あーもう時間。
今日はこの辺で。

 

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